この日は検察からの論告・求刑が行われました。
論告とは検察が取り上げた証拠をもとに犯罪事実を確認、それに基づき意見を述べること。
論告に基づいて、事件に対して適応すべき法律に基づいて求刑するわけです。
その後、弁護人による弁論、被告人による最終意見陳述があるのですが、淡々と事は進んでいき昼前には法廷での手続きは終了。
しかしこの時、山田は知らなかったのです。この日の午後から始まる評議こそが裁判員という役割の大部分を占めるものであったということを……。
評議とは、検察と弁護人から提示された証拠をもとに裁判官と裁判員が『客観的にみてこれは実際に起きた出来事であろう』という事実を確認していくための話し合い、です。
これが実に大変……。
というのも、証人同士の証言と物的証拠に食い違いがあるのです。
例えばこんな感じ。
証人A「被告人はXという場所で被害者と対峙して、ナイフを取り出しました」
証人B「被告人が被害者を刺している時、私はXという場所から二人を見ていました」
証人C「被告人は刃物を持って被害者の所にやってきました。二人はXという場所で対峙した時から被害者が倒れるまでの間、移動していませんでした。刺した後、被告人はナイフをその場に捨てました」
そして、物的証拠も各証人の証言と一致しない部分があるのです。
裁判官A「血痕はYという場所にありますね……」
裁判員a「ナイフはXという場所で見つかっているんですよね?」
……終始、徹頭徹尾こんな感じ。
事件自体はほんの十数分の出来事、なのに皆の言っていることと物的証拠が一致しないのでいつ、どこで、何が起きたのか、が皆目わからないのです。
それでも裁判官+裁判員は法廷で示された証拠から犯罪事実を認定し、それをもとに判決を下さなければならない。。
この日から山田は長く暗い迷宮に入っていくことになるのです……。